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Gymに。

Gymに。

「では行こうか」と 気持ちを決めて
大ねーちゃんはGym.へ出かける。
腕や肩を動かし、足も。腰から上をぐるりと回す。
”疲れる” と思うが、心晴々となるのが一番だ。
これで 朝は 6am.に  さわやかに起きられる。

最新のマンションには、 
楽々応接室、
Gym.器具設置ルーム、
サウナ室、
上階には天井浴室 などが
設けられているものがあるね。
高年用に購入計画を持っていてもいいね。

吾輩は 特別に鍛練場へ行った事は無い。
しかし 先生となる友人はいたなー。

 大学1年の頃、中学の同級生が集まり
夏季キャンプ・ファイアーを行った。
和歌山の加太から 友が島へ渡った。

”こちらの岸から、向こうの先端へ泳ごう。
近いよ。 見えてるだろ”
いや。 遠い事。 泳ぎ着かない。 さて、
残される訳にはゆかないから、帰りも泳がないといけない。
「どこ出身?」 友は 淡路島の生まれだった。
分かっておれば、泳いだりしなかった。

 Tennisをしたかったなー。 
Saudi Arabia駐在時、駐在員仲間でテニスをした。
「教えてあげるよ」と やさしいボールを打ってきて
くれるのだが、 あらぬ方向へ打球はゆく。
真似して恰好をつけると、から振りをする。
そんな筈はないのに。
かれは W大で テニスクラブ員だった。

 平成の元年頃か、
ゴルフの打ちっぱなしに行く事になった。
待ち合わせ場所に 友は 自転車の荷台に
2,3本のクラブを結びつけて、現れた。
”古そうなクラブだな?” と思った。

打ち出すと きれいな弾道を描いてボールが飛んで行く。
それを見て、私は 打つ気力が無くなった。
外観で人を見るなかれの 好例だ。

まだまだ 私が先生とする人はある。
ここでひとつ Madamの思い出を書こう。

Madamは 泳ぎが出来ないので、
これは ずっと後で分かった事なのだがーー、
子供たちが高校生になった頃、近所の短大が地域向けに開講する
スイミング・クラブに入会した。
背泳ぎから 始まる。 まず 浮く事を学ぶ。
そして 平泳ぎが出来るようになり 大変に喜んだ。
小さい頃 神戸の須磨浦で遊んでおけばよかったのに。

何が 後年役立つか分からない。
今の風景写真撮影の趣味が出来るのは
この足、腰の鍛えがある為だ。
重いカメラとレンズを背負い、三脚を持つ。
吾輩なら ごめん蒙りたい重さだ。

さて、 私が まだしなければならない事が残っている。
”アスカII” で 横浜から ヨーロッパへの船旅だ。
娯楽、健康施設などが充実、 楽団は Madamの好きな
加山雄三の ”海” などを 演奏する。
もちろんgymもあるだろう。
さて、
Madamは Slimに なられるだろうか?
それとも ふくよかに?

 ウッシッシ 

にゃん×2、わん×1

大ねーちゃんは このごろ、Veterinary, 獣医さんのように忙しい。
にゃんにゃん・わんわん!あっちへこっちへ!

それと云うのも、小ねーちゃんは Poodle、プードルを飼い始めた。
生まれたばかりで 毛は茶色、’もこもこ’している (大ねーちゃん曰く)。
小姉ちゃんは 出かける事になったので、大姉ちゃんにSitterを頼んだのだ。
心配なのだ。当然だ。

りんご姫が プードルなら 飼ってもよいと
譲歩したので、飼育が実現したそうだ。
”もこも”が 段々大きくなってゆくとパパと一緒に散歩に行く、筈 だろう。
近所に 公園は 沢山あるね。

そうそう。
毛は くるまっている。
大ねーちゃんが 生まれた時、毛がくるりとしていて少なかった。
”毛は このまま?” Ji-jiは気になって 母親に聞いた。
”直ぐに 直るよ。 気にする事は無いよ” 母親の返事。

中ねーちゃんは 真直ぐだった。
ところで、小ねーちゃんは、 あれ?! 又 くるくるだった。
宝塚温泉の川べりの船上で写した写真がある。
可愛く、微笑んでいる。 
今だ残る小さい時の貴重な写真だ。
もう Ji-jiは 毛を気にしなかった。

さて、 それから
大ねーちゃんは ばーばちゃん、Ji-jiが出かけている家に
Monicaを見に来た。

餌皿の所で ねーちゃんを見上げて、
「Food 下さい」と鳴き声をあげる。
自分の好きな餌を このSitterさんからもらえる事をよく知っている。

Monicaは 沖縄生まれ。
台風銀座で揉まれたからか、性格は温暖だ。
Verandaへ出たい時に 障子紙をひっかいて破ったとしよう。
Ji-jiが 運悪く 見つけて、”ぱん”と 手をたたく。
逃げたりせず その場に ごろんと横になる。
”ごめんなさーい。 閉まっていたのよ”
これでは 怒ったりできないなー。

やっと 大ねーちゃんは 「ただ今」と 我が家に戻ってきた。
ギンガムは 手足を伸ばして安堵感を示すが、
”なぜ 長い事出かけていたの” と 
大変不満な目付きだ。

Ji-jiが 近近行く時、慰めてあげる。
いつか、くるくる模様のギンガムが
”もこも” を 見る時がくるかもしれないよ!



ウッシッシ

縁は異なもの、か。

不思議なご縁と大ねーちゃん。
どんな縁であれ、知り合った人々とは 機会を感謝して
うれしく付き合うのは 楽しいね。

                    

”この人にしておき。 お母ちゃんに免じて。
こんな人 もお いくら待っても現れないよ” とJi-jiの母。

”綿糸布部長の娘さんや。
 何も云う事ない” と父も云う。

姉。 ”Kちゃん。 何 云うてるの? まだ”

妹。 ”一緒に 歩ける人やん! 良い人や”
妹は 出かけて、梅新のバス停で密かに眺めていた。
母は うめだへ出かけ、梅田店で生き生きと働く様子を
見ていた。

上記の話は、
大阪は西区の我が家の一部屋での家族会議の時のものだ。
”分かった。 するよ”  と 私は結婚を決めた!!

一方、西宮の娘さんのお宅。
父親。 ”これに 決めよや”
娘さんは 京都の由緒ある家の話や 数多の話を断っていて、
清水の舞台から飛び降りる気持ちで決めた。
友達の夫たちは、
一流大出、一流企業勤め、ハイソな生活。
しかし、
娘さんは 羨ましいとは思わなかった と云う。

お父さんから 私に電話があった:
「一度 お会いしませんか?!」
うめだの阪神DPのパーラーでお会いした時、
私は云った。
「結婚は 常に美しいバラのようでは有りません。
 つらい時も有る事を 娘さんにお話ししておいて下さい」
偉い人に 臆面もなくえらそうに云ったものだ。

六甲山へ 誘われて行った。
2人分の弁当を作って来られた。
青い池が見えてきた。
「お弁当にしましょうか?」
「もう少し歩いてからにしましょう」 と 私。
歩いていると 山を下っていて、あれ、阪急今津線の線路が見えてきて、
もう、最寄りの駅だ。
弁当を食べずじまい。 娘さんの気持ちを全く酌んでいない。

西宮球場へ阪急主催の野球を見に行った。
敗色濃厚。 しかし9回裏に同点となり、延長戦になる。
中田がセンターへヒットを打ち、サヨナラ勝ち。
’あーあー’ の ふさいだ気持ちが、飛び上がっての喜びの気持ちに変わった。
西宮北口駅は帰りの人で大混雑。
「遅くなるので 帰ります」と駅で別れた。
家まで送っていく気持ちが 出てこなかった。

自分だけの気持ちでの行いばかり。
結婚すれば お互い好きな事をして、自由な時間を持ちましょうと話した。
私は 娘さんを良くしよう、 家庭の為に働こう、 そして
お父さんを悲しませるような事はしないようにと 思ったものだ。  
しかし、奥さんとなって 辛抱の時が続いた事だったろう。

Madamの強い、良い性格は:
過ぎた事は 振り返らない。 
良く、幸せになろうと思う。
成るように 行う。
明るく生きる。 
など。

以上は 初期の1、2コマを記した。
これ以降の心の機微を書く機会が 有るだろう。
掃除、洗濯、食器洗い、、、、これらを私がいくらやっても
長年の苦労はうめ合わせ出来ない。
疲れを感じられた時には、肩たたきをし、
きゅうと冷えたお冷を差し出そう。

ワイフの誕生日の朝に。
HAPPY BIRTHDAY

ウッシッシ

母の日に思う

少し遅いが、母の日について。
大ねーちゃんの家の母の日
感心な息子達。
感謝の気持ちの贈り物をする。
気に入ってもらえるかと思って選ぶのに大変な時間が掛る。

 花。 駅に行く道に有る花屋さんを 覗いてみよう。
たまプラで 何軒か見てみようか?
 クッキー。 青葉台の菓子屋さんはどうかな?
学校の購買部に 色々有ったな? あれにしよう!
Boysの心の中の葛藤は このようなものだ。

ひるがえって、吾輩はどうか。
”母の日” なんて知っていたか?
何をしたか?
こんな様子だから、何もした事はない と思う。

母の日とは、 吾輩にとっては
’母が子供にしてくれる日’ の事であるようなものだった。
決まった日でなく、年を通して。

        

「Kちゃん。 風呂に入りなさい。
 いい匂いがするよ。 菖蒲を入れたから」 と 母。
今のように、日本各地の有名温泉の香り粉パック などない。
市場で見つけて買う。
母から、春の菖蒲湯を知った。

母が粉から作った ”ちまき”を 食べた。
中に入れる小豆は 時間を掛けて ぐつぐつと煮る。
砂糖を 手に入れてきて、買ってきての感じでない、甘みをつける。
ちまきは 手に 熱、熱、 だ。

秋には すすきで 月を眺めた。
明るい光の満月を見上げていると、
何かしら 心が大きくなるなー。

関西は なんとなく容易に 酒の粕が手に入るように思う。
冬には 野菜やサーモンなどを入れた熱い粕汁を食べた。

母親として まだ色々としてくれた。
うーん。 やっと一つ子供としてした事を思い出した:

大阪は梅新の「朝日屋」の”すき焼き”に、
Madamの発案で 両親を招いた。
大ねーちゃんの3才位の時か、もう 仲居さんと
畳の上で挨拶をし、話もしていた。

”こんな美味しいすき焼きを食べた事がない。
楽しかった” と 両親が云っていたと
後でMadamから聞いた。
この後 このような事は、一度は有っても、 
二度、三度。。。 とは出来なかった。

        

当人は思いもしないが、
Surpriseは  楽しい想い出だ。

ウッシッシ

買い物好き

何だ! 大兄ちゃんは Shopping好きなのか!
ブランドばかりではないか。
経済を回して行こうとは 良い心掛けだ。

Edwin (エドガー の探偵ものなら知っている)
Levis (S. Davis Jr. なら知っている)
Tommy Hilfiger (おもちゃのトミーなら 知っている)
Amerian Eagle (American航空の 関連会社か?)
Rageblue (Rageとは 激しい色か?)
nano-universe  (世界流通商品?)
Lacoste ワニのマークの商品。 やっと馴染が出てきた。

Madam も Window shoppingが 好きだ。
”これ いいねー。” と 手で触り、
きちんと 元どうりに戻される。
買い物は 気に入った物しか買われない。

吾輩も 想い出となる買い物をした:

 野球のグラブ。 
戦後の物のない小5年の時、
学校への通り道の小店の窓に 野球のグラブが飾ってあった。
”欲しいなーー”と云っていると、父親が買ってくれた。
それはそれは 嬉しかったよ。
校庭で使えた。
預金封鎖の時にどうしてお金が有ったのか?
聞きそびれてしまった。

 Sunglasses。 
陽の光が強いアフリカで買ったRodenstock。
目を広く覆い 長く愛用した。
Madamには 日本でもサングラスは 必需品だ。
眼鏡をかけて現れると ”ハッ!”と 見る人を驚かせる。
大ねーちゃんが幼稚園の頃、 化粧台に置いてあったサングラスをかけ、
下駄をつっかけて、家の門に出たりしていた。
楽しい写真だ。

 Pendant。
Saudi Arabiaの商都Jeddahから
高地にある避暑地 AlTaifと云う都市へ出張した時、
金細工店を見かけた。
そこで アラビア語での名前のペンダントを作ればと勧められ、
Madam用に作ってもらった。
次回出張時に取りに行ったが、保存してくれていた。
珍しいものなので、TPOに合わせ 使ってくれている。
嬉しい事だ。

 背広。
背広を買う時には、
Madamが付き合って つくってくれる。
はるか昔は オーダー・メイドが有ったが、
イージー・オーダーの世になり、
今は そのようなことはしない。

新しい物は 人も見れば分かる。
”今日は どうしたの? 何の日?”  とか云って 驚く。
なかなか買えないのが 難だ。

まだ色々あるが、またの機会に。
まあ 吾輩の望みは
財布にいくら入っているか 知らないと云う暮らしをしたいということだ!!

ウッシッシ

大学生の連休はゴールデンか?

大学生のゴールデンウィークはどうだったのだろう?

お台場の ”Deck”で Madamと共に
Hにいちゃん家族を待っている。

O。 オー。 2才下の弟君と 両親と並んで
Hくんが 木製の広いデッキの上をこちらへ歩いてくる。
にこにことして まだ可愛い盛りの子供だ。

L。 Look East. 東方を見よ。
ここお台場に 自動車メーカーの特設展示場があった。
アメリカ向けの乗用車が展示されていた。
セダンにしても 大きいこと。
H君が いつかアメリカ勤務になり、
この大きな車体が丁度になるように 大きな体に成長するか?!

D。 でっかい建物の K区民会館だ。
小学生演ずる浦島太郎の劇を見た。
”昔、昔、浦島は
。。。。。。。。
竜宮城へ来てみれば。。。”

あれ、 ”行ってみれば” と聞こえる。
古き時代から、新しい時代に変っているんだなー。

さて、10年も経てば 大にーちゃんは大学生。
この春のGolden weekには 気分一新。
新設のAmusement centerを走破しようとした。
木更津のアウトレット・モールに行こうとしたが当然 大渋滞。 
将来、家庭を持った時の為に 経験を積んでおこうとしたが、
止めたのはよかった。

現在の経験は将来に役に立たない
短周期変化の時代となっている:
・何台先の車から 渋滞になっているのか、
運転席に情報が入る、
・交通管制センターが迂回路へ導いてくれる、
・車間距離は 等間隔を維持して 進行出来るようになっている、
・交通量を測り、分離帯は道路下へ入り込み、車線を増やす、 など行われて、
21世紀も半ばには渋滞などなくなっているだろう?

いつの世も、昔は不便だったな と 振り返るね。

ウッシッシ

ゴールデンウィークのご予定は?

世の中はゴールデンウィークだが、特に関係なく暮らしている。

かつてMadamが 休日に 小さい子供たち、3人の娘、を連れて出かける。
「明るい内に 帰って来てね!」
「そうします!」 Madamは 機嫌良く返事をする。

外へ出るのが 大好きなんだ。
夕方になっても、帰宅しない。
やっと、玄関の門が開く音がする。
もう 外灯がつき 暗くなっているよ。

”暗くなるまで 待って” 
主演 Audrey Hepburnのサスペンス映画。
ヘップバーンが好きだから、陽のある内には
帰ってこない。 歳をとり、幾つになっても。

六甲山へ行く。
有馬温泉へゆく。
伊丹へ出かける。
須磨浦公園へ。
武庫川べりへ。
。。。。。
子供たちと嬉々として出かける。
それで 私は春であれ、夏、秋、冬と大変に助かった。 
感謝の念 一杯。

子供たちが 幼稚園児から 中学生の年代の頃、
KenyaのNairobiに駐在した。
この首都の四方には 数多の国立公園があり、
休日には 行く所に困らなかったと云える。

 東方の Nakuru湖には 湖をうめ尽くすピンクのフラミンゴの大群を見る。
 西方の都市、Kisumu地方では 紅茶の大栽培園の緑に心を癒される。
 南の Amboseli National Parkでは 
前方に横たわる 悠然としたキリマンジャロ山を眺められる。
 北に向かうと 空に聳える形の雪をいだくケニア山に出会う。
多くの自然に子供たちは 接する事が出来た。

さて、大ねーちゃんも Golden weekのような休日に外出を計画する。
しかし 大学生、高2ともなれば
親と外出は 快くしてくれまい。
お願いしても 難しい。
今や、
自分の時間が持てるようになったのが 大変な幸せだ。

しかし 気落ちする事は無い。
これからも 出かけられる事がある。
Biz-classで 飛び、 一流ホテルに宿泊。
となれば いい返事が返ってくるよ!!

ウッシッシ

プロフィール2021

ちゃうじーじ

Author:ちゃうじーじ
活動的でチャーミングなマダームと3人姉妹の『若草物語』に囲まれて、日々の暮らしをエンジョイしているじーじのつぶやきブログです。
お立ち寄りくださった方は、どうぞのんびりとご覧になっていっていただけたら嬉しいです。

*大阪市生まれ。
*年齢:傘寿以上米寿未満
*特技:商社仕込みのビジネス英語
*趣味:マジック、詰将棋、ピアノ、映画鑑賞

Enjoying Blog, FB & Instagram these days.
Enjoyable ways of spending time !
Ability : Expressing thoughts in simple English.
Hobbies : Sleight of hand of cards. Piano practices.
Attempts : Understanding Russian words.

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