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「???」「!!!」と思ったことを、率直に記していくで~
2012年05月28日 (月) | 編集 |
Gymに。

「では行こうか」と 気持ちを決めて
大ねーちゃんはGym.へ出かける。
腕や肩を動かし、足も。腰から上をぐるりと回す。
”疲れる” と思うが、心晴々となるのが一番だ。
これで 朝は 6am.に  さわやかに起きられる。

最新のマンションには、 
楽々応接室、
Gym.器具設置ルーム、
サウナ室、
上階には天井浴室 などが
設けられているものがあるね。
高年用に購入計画を持っていてもいいね。

吾輩は 特別に鍛練場へ行った事は無い。
しかし 先生となる友人はいたなー。

 大学1年の頃、中学の同級生が集まり
夏季キャンプ・ファイアーを行った。
和歌山の加太から 友が島へ渡った。

”こちらの岸から、向こうの先端へ泳ごう。
近いよ。 見えてるだろ”
いや。 遠い事。 泳ぎ着かない。 さて、
残される訳にはゆかないから、帰りも泳がないといけない。
「どこ出身?」 友は 淡路島の生まれだった。
分かっておれば、泳いだりしなかった。

 Tennisをしたかったなー。 
Saudi Arabia駐在時、駐在員仲間でテニスをした。
「教えてあげるよ」と やさしいボールを打ってきて
くれるのだが、 あらぬ方向へ打球はゆく。
真似して恰好をつけると、から振りをする。
そんな筈はないのに。
かれは W大で テニスクラブ員だった。

 平成の元年頃か、
ゴルフの打ちっぱなしに行く事になった。
待ち合わせ場所に 友は 自転車の荷台に
2,3本のクラブを結びつけて、現れた。
”古そうなクラブだな?” と思った。

打ち出すと きれいな弾道を描いてボールが飛んで行く。
それを見て、私は 打つ気力が無くなった。
外観で人を見るなかれの 好例だ。

まだまだ 私が先生とする人はある。
ここでひとつ Madamの思い出を書こう。

Madamは 泳ぎが出来ないので、
これは ずっと後で分かった事なのだがーー、
子供たちが高校生になった頃、近所の短大が地域向けに開講する
スイミング・クラブに入会した。
背泳ぎから 始まる。 まず 浮く事を学ぶ。
そして 平泳ぎが出来るようになり 大変に喜んだ。
小さい頃 神戸の須磨浦で遊んでおけばよかったのに。

何が 後年役立つか分からない。
今の風景写真撮影の趣味が出来るのは
この足、腰の鍛えがある為だ。
重いカメラとレンズを背負い、三脚を持つ。
吾輩なら ごめん蒙りたい重さだ。

さて、 私が まだしなければならない事が残っている。
”アスカII” で 横浜から ヨーロッパへの船旅だ。
娯楽、健康施設などが充実、 楽団は Madamの好きな
加山雄三の ”海” などを 演奏する。
もちろんgymもあるだろう。
さて、
Madamは Slimに なられるだろうか?
それとも ふくよかに?

 ウッシッシ